18
May
2009
新型インフルエンザの国内感染が広まっています。国を挙げて対策が進められるなか、感染者を出した高校に、避難の電話が殺到するという残念なニュースを聞きました。誰も免疫がないウィルスに感染したからと言って、学校や生徒に落ち度があったとは思えません。むしろ冷静な対応こそが必要だとおもいます。
昔の人はこんな時に疫病退散の儀式を行いました。儀式そのものに科学的な根拠はないのかもしれませんが、大きな災厄を前にして多くの人が心を一つにすることで、冷静な対応をすることができるなら、二次的、三次的な被害を防ぐ役に立つかもしれません。とりわけ博多山笠をはじめ、現代に伝わるいろいろな行事が、疫病退散の儀式から始まったと言われていますから、そこには先人が後の世に伝えたいと願った、何らかの効用があったとも考えられます。
ちなみに三大長谷寺のひとつ、長野県の金峯山長谷寺(長谷観音)のご住職のblogには、疫病退散のために写経を行ってはどうかという記事がありました。
http://www.hasedera.net/blog/2009/05/post_135.html
この中では、写経の前に口をすすぎ手を洗うという実質的な効用まで指摘されておられましたが、人の力を超えるものの前に祈るという行為が、今こそ意義があるような気がします。
昔の人はこんな時に疫病退散の儀式を行いました。儀式そのものに科学的な根拠はないのかもしれませんが、大きな災厄を前にして多くの人が心を一つにすることで、冷静な対応をすることができるなら、二次的、三次的な被害を防ぐ役に立つかもしれません。とりわけ博多山笠をはじめ、現代に伝わるいろいろな行事が、疫病退散の儀式から始まったと言われていますから、そこには先人が後の世に伝えたいと願った、何らかの効用があったとも考えられます。
ちなみに三大長谷寺のひとつ、長野県の金峯山長谷寺(長谷観音)のご住職のblogには、疫病退散のために写経を行ってはどうかという記事がありました。
http://www.hasedera.net/blog/2009/05/post_135.html
この中では、写経の前に口をすすぎ手を洗うという実質的な効用まで指摘されておられましたが、人の力を超えるものの前に祈るという行為が、今こそ意義があるような気がします。
