13
May
2009
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最近、「厨子(ずし)」の話題をよく聞くようになりました。厨子というのは、ご本尊や御位牌を安置する箱状の仏具で、お仏壇に比べると小さくて持ち運びも可能なものが多いのが特色です。飛鳥時代に作られたという国宝の法隆寺玉虫厨子などからわかるように、江戸時代以降に普及したお仏壇に比べ厨子の歴史は古く、現在のお仏壇も厨子の一種とも言われています。お仕事をリタイアされ、マンション等に引っ越して新たなセカンドライフをという方が、それまでの大きなお仏壇に代えて場所をとらない厨子をご利用になるということもあるようです。
21
Dec
2008
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御位牌は、ご先祖や故人の分身です。以前はよく、火事や災害の際に位牌だけ持って逃げたという話を聞きました。失ったら二度と取り返しのつかないものであるし、逆に先祖の守りがあれば失った財産の再建もできるということでしょう。木製の位牌に戒名を書き、御仏壇に安置するのが普通ですが、たとえ紙であれ戒名を書いたものはすべて位牌に準ずるものであるので、粗末な扱いはできません。北海道だけの風習かもしれませんが、よくお葬式の会葬御礼のハガキに故人の戒名を記しますが、受け取った方が処分してしまうこともありえるため、ハガキに戒名を書かせないお寺もあります。これもひとつの見識だと思います。
25
Oct
2008
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仏舎利(ぶっしゃり)とは、お釈迦様のお骨です。一緒に荼毘に付された装飾品の宝石や宝玉なども同じように扱われています。仏教徒は、塔を建ててその中に仏舎利を安置し、供養するものとされてきました。古い佛教は偶像崇拝を禁止していたため仏像なども作られず、仏塔そのものが礼拝の対象でした。今日でもなくなられた方のご遺骨を大切に供養したり、お墓に卒塔婆を立てたりするのも、塔を建てて仏舎利を供養することにならって亡くなられた方を供養するという意味があります。昔の中国では、死者は荼毘に付すことなく埋葬していました。そこで例えば犯罪を犯した者は皇帝の命で地の果てまで追跡されましたが、もし死んでしまっていた場合は、その墓を暴いて遺体を太陽の光に晒して辱めることで罰を与えました。佛教が伝わってきた中国のそうした風習の名残などもあり、日本は、いかに自然を大切にする国とはいえ、ご遺灰を自然の中に放置することは死者への冒涜とされてきました。ですから、散骨・自然葬というのは佛教から言えば死者の尊厳を高める行為とは言えません。
16
Jul
2008
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数の珠(たま)という字からわかるように、数珠は本来お念仏やお題目を唱える回数を数えるためのものです。一回となえるごとにひとつづつ、輪についた珠を指先で先に送っていくと、大きな珠が巡って来るたびに何回唱えたかが分かります。数珠は、キリスト教やイスラム教にも、同じものがあり、使い方も同じく聖なる言葉を唱える回数を数えるために使われます。海外ドキュメンタリーなどでは、素朴で信仰心の篤い人々が聖地を訪れ、手にした「数珠」を繰りながら一心に経文などを唱える様子が紹介されることがあります。今の人々は忘れてしまったかもしれないそんなひたむきさを、かつての日本人も持っていました。数珠はそんな名残と言えるかもしれません。法要などでお坊さんと一緒に唱える時には自分で数える必要はありませんが、仏壇やお墓のに向かって何度もご自分で唱えてみると、数珠の本当の意味がわかるに違いありません。
15
Jul
2008
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すべての日本人がお寺に檀家として登録されるようになったのは、江戸時代に寺請制度ができてからのことです。このため私たちはお寺で過去帳を調べていただくことで、戸籍制度のなかった明治以前の我が家のルーツについても、ある程度知ることが出来ます。たとえ北海道のように他所の土地から転居してきた方の多い場合でも、同じご宗旨であれば、元のお寺から情報が引き継がれていることが少なくありません。そういう意味では、今何気なくお寺とお付き合いしていることが、遠い将来私たちの子孫が、私たち自身のことを知る手がかりとなるかもしれません。
03
Jun
2008
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戒名というのはお坊さんに弟子入りした時の名前です。だから亡くなった方ではなく生きている方のための、「生前戒名」のほうが本筋なのかもしれません。亡くなった方が熱心な佛教の信者で、本来なら出家して世の中を救うほどの大上人になっていたかもしれないけれど、その分俗世でさまざまな功績を残した。亡くなった以上は、仏教徒として出家させてあげたいという遺族の気持ちが込められていると思います。
22
Jan
2007
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紅白歌合戦でテノール歌手の秋川雅史さんが歌った、「千の風になって」に感動しました。お墓の中には故人はいないのだから悲しまないでという歌詞は、一見仏壇と矛盾しているようですが、故人は消えてしまったわけではないので悲しまないで欲しいという気持ちは、実は、私たちがお仏壇にこめる思いと同じです。お仏壇とは、本来故人を偲んで悲しむための場所ではなく、先祖に守られて幸せでいることを喜ぶ場所。昔ながらの暮らしを大切にするご家庭では、このお正月も家族全員でお仏壇の前に手を合わせたでしょう。
11
May
2006
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戒名とは法名とも言い、僧侶が出家した時に師匠からいただく、お坊さんとしての名前のことです。西遊記で大活躍する「孫悟空」というのも法名で、もともとは名前が無く、「美猴王(びこうおう)」と自称していました。沙悟浄は天界人の捲簾大将(けんれんたいしょう)で、悟空と同じ「悟」の一文字をいただいて法名としています。では猪八戒は同じ兄弟弟子なのに「悟」の字がないと思うかもしれませんが、正しい法名は「猪悟能」。もとの名は天蓬元帥(てんぽうげんすい)で、天の川の水軍の長という立派な名前、立派な役職の天界人でした。八戒というのは一種のあだ名のようなもので、目上の人以外は本名で呼ばないという中国の慣わしにのっとったもの。原典の西遊記では、悟空ももっぱら「孫行者」と書かれています。
28
Apr
2006
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差しさわりがあればあらかじめお詫びしますが、「過去帳」という言葉が放送禁止用語に入っていると聞かされ驚きました。なぜ放送で話していけないのか、浅学にして全く分かりません。過去帳とは、なくなった方の戒名や生年月日、命日などを記した、いわばお寺の檀家名簿です。ご自宅に先祖代々の過去帳のあるお宅もあります。放送して不都合な点があるとは思えないのですが...。
過去帳が思わぬ力を発揮することもあります。自分の先祖を知りたいとき、ちゃんとした戸籍のなかった明治以前の記録は、お寺を訪ねて過去帳の記録を調べるのが一番の早道です。代々の檀家の方なら、先祖の名前なども記録されているはずですので、万一言い伝えなどがなかった場合でも家系図を作ることが出来ます。
21
Mar
2006
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ドラマ西遊記が終わり、三蔵法師一行は無事天竺からお経を持ち帰ることが出来ましたが、実は「三蔵」というのはお経を伝えたり、翻訳事業を行った僧侶に対してつけられる尊称で、西遊記の玄奘だけではありません。中国では鳩摩羅什や不空金剛、日本人でも興福寺の僧・霊仙が、最澄や空海と同じ遣唐使の一行として唐に渡り、仏典の訳経に従事した功績を認められて、憲宗皇帝より「三蔵」の名を授かっています。また、玄奘三蔵が持ち帰ったものはお経だけではなく、仏舎利と呼ばれるお釈迦様の遺灰もありました。